一昨日の阿部一二三の柔道が圧巻でした。
自分の試合前に実妹の詩が虚を突かれ、呆気無く背中から崩れ墜ちていた!
油断が有った事はアリアリで、まさかの敗戦で一目も憚らず号泣?
勝負に辛い者成らば、何を今更と言う辛口のコメントが突き刺さります。
身内の悲嘆は、我が悲嘆成りと受け止め、自分に背水の陣を敷き、自ら退路絶って軍神の如く勝ちまくりました。
有終の美を戦場から降り立つ前に、在の座礼に集約され、武道の美しさを体現して場を離れました。
柔道競技で、阿部一二三の行った古式ゆかしき礼に始まって礼に終わる座礼で締める選手が今まで出て来ただろうか?答えは否です。
外国人は、柔道を単なる得点を競うスポーツとしか捉える事しか出来ず、柔道は武道で有ると認識が理解出来て居ません。
有る意味チョン民族の様に、何をしても例え卑怯な事をしても手段を選ばずに勝ちに来る姿勢を崩しません。
後進国ほど、手段を選ばずと言う事が多々見受けられます。
阿部一二三の姿勢は、茶道の「一期一会」にも通じ、相手を思い遣る真心で持て成す精神で接して居るので、何を解らない異邦人から見ても感動を呼び起こすのでしょう。
まぁ勝てば何をしても良いと言う輩には、死んで生まれ変わっても理解出来無いでしょう。