今現在、日本の津津浦浦にオヤツとして国民から支持される和菓子として竹串で4つ刺して販売されて居ますみたらし団子が、下鴨神社で行われる「御手洗祭」「葵祭」際にの氏子の家庭で作られた団子がやがて境内の店で売られる様に成り、境内(糺の森)に在る御手洗池(みたらしのいけ)の水泡を模して、この団子が作られました。
元々は、竹の先を10本に割って串を扇状にし、各々の串に5個の団子を差した50個の串団子である。
此の5個ずつ差す団子のスタイルの起源は2説ある。
鎌倉時代から建武政権期、後醍醐天皇が行幸の際、御手洗池で水を掬おうとしたところ、1つの大きな泡が出て、続いて4つの泡が出て来た逸話に拠る説が有ります。
因みに、関東の団子の4個の起源は、四文銭が出てきたことに拠る説が有力です。

此方は、某製パンメーカーが製造して居る今様のみたらし団子です。
大正時代までは、下鴨神社境内で売られて居るみたらし団子は、醤油タレの付け焼きで販売して居ましたが、現在では醤油餡が主流に成って居ます。



祭神瀬織津姫をお祀りして居る御手洗社が、此方の映像です。




御手洗社が在る池から湧き水と共に出る泡がみたらし団子の起源と成って居ます。
社の両脇に吊るさる氏子から献納された提灯に、献納された氏子の名前が記されて居り、其の名前を辿ってお店を訪ねました。



此の日は、店休日だったのか玄関がシャッターで閉じられて居り、不運でした。
度の様に団子が、串打ちされて来るか楽しみに来訪したのですが残念です。
店に辿り着いた時に、気に成ったのが玄関左脇に建てられた石碑を一瞥。



「南妙法蓮華経 鬼子母神?」と石碑に彫られて居り、法華経なので法華宗若しくは日蓮宗に関わりが有る様ですね⁉️
更に店舗左側にも、石碑横が開閉式のアーケードに成って居り、奥を伺うと古い店舗と祠が有ります。




奥の店舗は、カキ氷も提供して居る様で、アーケードが締まる所の延長線上に何やら幕が邪魔で確認し難く、吊るされた提灯を伺うと、石碑に彫られた鬼子母神を祀る祠が有りました。
残念ながら食レポの機会を逸しましたので、次のお店に移動しました。
次回も食を提供する老舗です。