近畿ブラ歩き2

休日の余暇を利用して、畿内の神社仏閣と祭り・催しを訪れて歩き回って居ます

西国觀音霊場札所勝尾寺と周りの景観

時間を懸けて、やっと待ちに待って勝尾寺に辿り着きました。

其処は、また赤一面の最終地でも有りました。

 

六十四卦ダルマみくじです。

 

奉納勝ちダルマの直売所兼御札授与所です。

 

此方が、西国觀音霊場二十三番札所本堂です。

 

此方が御納経所で西国觀音霊場御納経帳を差し出して記帳して戴いて居る最中に他の御朱印も有りますか?とお尋ねすると、或る場所をお詣り致しますともうー体記帳します。と誘われました。

 

勝尾寺には、法然上人霊場が有るのですね?

 

指示された場所へ向かう途中、見事な工法で作られた石垣堤が眼前に広がっています。

押し込み剥や布積み等幾つもの工法を駆使して石垣堤が作られて居ます。

 

やっと辿り着いた様です。

 

此方が、法然上人が修行されて籠もった二階堂です。

勝尾寺は、元々は天台宗寺院でして、創建されたのは727年。

平安時代以降山岳信仰の拠点として栄え、天皇など貴人の参詣も多かった。

源平の合戦一ノ谷戦いの煽りで全山焼失。

源頼朝の命により、熊谷直実梶原景時によって再建された。

承元二年(1208)から承元四年(1210)にかけて讃岐国への流罪から戻った法然が当寺に滞在している。

応永三十年(1423)、室町幕府第四代将軍足利義持によって将軍家の祈願寺に指定された。

慶長八年(1603)には豊臣秀頼によって山門が再興され、また本堂再建のための浄財も寄進される。

江戸時代の延宝二年(1672)、釈迦文院の末寺となり、宗派を天台宗から真言宗に改めている。

 

 

法然の弟子 園光大師の御朱印を拝受しました。

次回の投稿は、帰路ルートから下ってまた辨天さんの祀る池の裏側から戻った時の光景を投稿します。